経産省職員のトイレ利用問題対する最高裁判決について 

特定非営利活動法人MixRainbow 理事長 いよたみのり 

はじめに

今回の内容は、経済産業省に勤める職員が従来男性として勤務していたところ、自身の性別移行に伴い、女性として勤務することについての問題について取り扱われたものです。 

判決文については、裁判所のサイトに掲載されている以下をぜひご確認下さい。 

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/191/092191_hanrei.pdf

本論に入る前にまず、前提を再確認させて下さい。 

今回の裁判は、トランスジェンダーである上告人の勤務先である経産省内での、上告人の性別の取り扱いに関するものですので、判例に付されている裁判官の補足意見にもありますように、これが単純に一般の公衆トイレ等の利用に適用されるものではないということにご注意を頂きたいです。 

この辺りのことにつき、今回の裁判の結果を単純に公衆トイレに当てはめて様々な批判をしているコメントがSNS等に多数散見されますが、今回の判決は勤務先という限られた場所での取り扱いについて述べられたもので、この結果が単純に一般の公衆トイレにこれは全く当てはまりませんのでご注意下さい。 

更に、筆者もこの上告人と同様に男性として20年間会社に勤務後、10年ほどかけて性別移行を行い、2022年に法的に性別を女性へ変更した上で、会社の女性トイレを利用するようになりました。 

この様な経緯から、今回の判決内容には色々と感じたところがありますので、参考として本書を作成させて頂きました。

経緯(判決文からわかる部分のみ) 

今回の事案を非常に簡略化して経緯を列記すると以下の様になります。 

  1. 勤務の環境:平成16年5月以降は、経産省の同一部署で働いている。 

この部署は、各階に3カ所ずつ男女別のトイレが設置されている。 

  1. 上告人のこれまで 

上告人は幼少時から自身の性別に違和感を持っており、 
 平成10年頃  女性ホルモン投与開始    【今から25年前】 

 平成11年頃  性同一性障害の診断書を受ける 

 平成20年頃  女性として私生活を送る 

 平成21年7月 上司に相談、10月には、女性の服装での勤務、女性トイレの使用について要望 

同月、執務する部署の職員に対し説明会を実施、数名の女性の態度からトイレの利用について違和感を持っているように見えた。 

 平成22年頃  男性ホルモン量が男性の基準値の加減を大きく下回っているとの診断 

 上告人は、上記説明会の翌週から女性の服装で勤務し、指定されたとおり2階離れた女性トイレを使用するようになったが、トラブルはなかった。 

 平成23年   家庭裁判所の許可を得て名を変更【今から12年前】 

 平成25年   人事院へ職場の女性トイレを自由に使用できるように行政措置を要求したが、いずれも認められなかった【今から10年前】➡今回の裁判の争点 

経緯を整理してみて(私の思うこと)

まず、皆様に理解してほしいのが、今回の裁判結果が長い経緯を経て得られたものであることです。 

SNS上の多くの方が結果だけを見て色々書かれていますが、25年も前からの流れがあることを改めて確認して頂きたいです。 

特に、在職しながらの性別移行の難しさとそれに対する本人の苦労がたくさん読み取れます。 

その中でも、本人は勤務先でスムーズに性別移行できるために、本来のトランスジェンダーであれば到底 受け入れるのが困難であるような様々な制約を甘んじて受け入れながら現在にまで至っています。 

それは、自身の性別移行がなかなか理解されにくいことを認識してもなお、徐々にでも理解を得ていきたいという思いの現れではないでしょうか。 

例えば、平成21年の上司への相談(カミングアウト)に続く、執務する部署の職員に対しての説明会です。 

女性として勤務するには上司へのカミングアウトは必要だと思うのですが、通常、この様な形で説明会を開催するという形を取ることは、1対多の状況となること、その内容からして、上告人にとっては非常なストレスフルな状況であったことは想像に難くありません。 

更に、この職場の人数規模がどの程度であるかは不明ですが、この時点で上告人はすでに女性ホルモン投与開始から10年以上が経過しており、その外観からも上告人の性別についてなんの違和感も持っていない職員もいたのではないかと感じます。そのような職員に対しても、説明会を開くことで、様々な疑念を抱かせる結果になることを考えると、このような説明会という形を取るのは、平成17年という時期であったがゆえ仕方がないかもしれませんが、この形が今後も他の企業等で踏襲されるのは、当事者に対する晒し上げ、または糾弾会の様になってしまうことを心配してしまいます。 

次に、2階離れたトイレを利用するようにという人事院の処遇ですが、上告人が勤務する部署内にはこのような説明会を開くことで理解を求めるとしながら、2階離れたトイレの利用を促すということは、このトイレを利用する他フロアの職員に対してはそのような説明無しで利用させても問題ないと判断していたということにも疑問をいだきます。このような対処から、この人事院への申立の時点で上告人は、私生活でも女性として生活できていることからも、違和感なく女性と周囲から認知できていたからなのだと想定されます。 

ではなぜ、このような対処をとったのでしょうか。 

それは、判決文にもありますように、上記開催された説明会において「複数の職員が違和感を持っているように見えた」ことが関係しています。これが、私が一番困難だと感じる、「在職中の性別移行の課題」です。 

この方もそうですが、性別移行までに長年同じ部署で移行前の性別として働いてきました。そうすると当然、同じ部署の人は、この人に対して移行前の性別という認識を持っています。 

しかし、その裏で、女性ホルモン剤を投与し、徐々に性別移行を進めることで、非常に長い時間をかけて外観の移行が進むに連れて、このような移行前の性別を知っている職員からすれば、この人の個性としてその外観と性別を紐づけて認識が進むのですが、それでは、この人が女性の格好で勤務し始めて以降に新たにその職場に入ってきた人たちにとってはどの様に感じるでしょうか? 
 
過去の性別を知らない人に、過去の性別を知っている人があえて「あの人は昔男性だった」と言われてなにかメリットがあるのでしょうか?そのようなことを伝えることで、当事者へ向けた偏見が生まれるだけで、当事者へのデメリットしかありません。 

この様に、過去を知っている人と知らない人が混在したときに、あえてそのことを言いふらされることは当事者への人格否定でしかありません。 

今回の判決はこのあたりについても補足説明とともに言及していることに大変意義があることと思います。 

もちろん、業務上必要なこと(今回、性別適合手術が健康上の問題でできていないこともあり)で、いくつかの書類で性別を取り扱う必要がありますが、それを知った人が、最低限必要な人以外とそのことについて言及することは、もってのほかです。これは性別適合手術と考えるから偏った考えになるわけで、各職員の病歴や家族の事情等、このような情報を適切に管理する必要があることは現時点でも行われているのですから。(そう思いたいです) 

 
なにも、特別扱いではありません。 
 

以上述べてきたことを改めて考えると、それは、性別移行前後での人間関係をいかに適切に形成するかということではないかと思います。そしてこれは、当事者だけが頑張ってできるものではありません。周囲の方がいかにその当事者の方を理解し、身近にいるということ、その困難さを理解し、双方が歩み寄る必要性が明確になって来ているものと考えます。 

このようなことから、今回の判決理由にある 

「そうすると、本件判定部分に係る人事院の判断は、本件における具体的な事情を踏まえることなく他の職員に対する配慮を過度に重視し、上告人の不利益を不当に軽視するものであって、関係者の公平並びに上告人を含む職員の能率の発揮及び増進の見地から判断しなかったものとして、著しく妥当性を欠いたものといわざるを得ない。」 

という部分が本当に大事だと思います。 

特に上告人は長年この部署で働いていたこともあり、職場での経験、知見がある人を、過度な他の職員への配慮により外部へ追い出す形や、退職へ追い込むようなことになれば、その職場へのデメリットも多大なものになるのですから。 

そういう意味でも、今一度、この判決文を読んで頂き、企業や組織内で当事者からの申し出があった際にどのような対応をするべきかを改めて考えてみていただきたいと思います。 

一つの提案として、企業内での「ALLYコミュニティ」として、このことに対して話し合う時間や場を設けていただき、互いの抱える課題に対してどの様に解決していけば良いかを考えてみていただけないでしょうか。 

はじめは有志だけかもしれません。しかしそういう方が増えることで、社内、組織内の空気感が変わっていくと信じています。 

この判例は、特定の限られた内部での性別移行に関する判決でしたが、この判例をきっかけに、多くの批判的な方が書かれている、一般の公衆トイレでの取り扱いなど様々な場面で、当事者もそうではない人もみんなが納得できる世の中ができることを切に願っています。 

最後に、改めて書かせていただきます。 

「ある視点では多数派であるあなたも、別の視点では少数派に属していることが多いです。独善的ではなく、色々な場面で協調しあえる社会が形成されることを願ってやみません。」 

目を通していただき、ありがとうございました。